【ルーツVol.10】職業:経営者、NPO法人代表|藤原美奈

投稿者: | 2018年8月15日

 

今回は児童養護施設を出た子どもたちの支援活動を手がけるNPO法人merry me’ズ(メリーミーズ)代表の藤原美奈さんにお話を伺いました。本業で事務機販売・卸の会社を経営、さらに現在「民都・大阪」フィランソロピー会議内にて、共創「大阪のこども」分科会メンバーとしても参加。多忙を極める中、子どもたちにも手を差し伸べ続ける藤原氏のアツい思いに迫りました。

 

専業主婦を夢見ていた私が
仕事の面白さを知った銀行員時代

松本(以下:松):
NPO法人merry me’ズでは、施設を退所した子どもたちの職業体験や、受け入れ企業を紹介する情報誌「ここつな」作成など、様々な角度から支援活動を行なっていらっしゃいますね。そもそも、なぜmerry me’ズを始めようと思われたのでしょう?

藤原(以下:藤)
父親が事業を営んでいた家庭に生まれたこともあってか、そもそも、「支援」とか「ボランティア」にはまったく興味がなかったんです。merry me’ズを始めたのは、私の中で支援というより、“育成”という行為が、もはやライフワークになっていたから。自ら犠牲をはらって無理やり子どもたちを支援しているという感覚ではないんです。

松:
「育成」ですか。なぜそこに興味をお持ちになったんですか?

藤:
少し昔の話に遡るんですが、学校を出て就職した当時の私は、まだ「自分」というものが確立されてなかったんですね。幼少期からずっと厳しかった父のいいなり。父を怒らせたくない一心で、父の考え方や意見をそのまま受け入れ、その指示に従うような子だったので、当然と言えば当然です。

結婚して子どもを生むのが女性の幸せだと言われたら、そういうものかなと思い込んでいたり。だから学校を出て就職しても、専業主婦になるのが夢でした。

でも学校をでて、最初に就職した職場、銀行で自分の中に少しずつ変革が起きはじめた。仕事を面白いと思うようになってきたのです、専業主婦になりたかったこの私が…。

松:ほう!仕事が面白いと思うようになってきた、そのキッカケはどこにあったんですか?

藤:職場でご一緒した諸先輩方ですね、そりゃもう“みっちり”と、仕事の厳しさを叩き込まれたのです。その教えは確かに厳しいものだったのですが、仕事が出来たあかつきには、きちんと評価していただけた。つまり、私自身を認めてくださったのです。

銀行での仕事を通じて、人生でむしろ初めてといってもいい程「承認の欲求」が満たされた。自分と言う素材を活かしてパフォーマンスあげることが、いかに楽しいかことか、と知ったのです。

松:ご自身が承認されはじめたことが、merry me’ズの立ち上げに繋がった、と?

藤:そうですね。もちろん、銀行退職直後はまだNPO法人を立ち上げるなんて夢にも思ってませんでしたが、銀行時代に自分を認めてもらい、自己実現することの喜びを知ったことは大きかったと思います。

銀行での仕事を通じて、私はいわゆる「マズローの心理学」でいうところの、自己実現の欲求を満たしてもらうことができた。でもそのうちに、私と同じように自分が見つからなかったり、自分に自信が無い人にも仕事の楽しさややり甲斐を感じてもらえないかな、と。そんな風に思うようになったんです。

そこから「育成」というワードは、私の中で常にベースにあって。銀行退職後に勤務した、フラワーデザイン会社や銀行のコールセンターでも、メンバー教育にはずっと携わり続けていたのです。

単に食べていくためだけに給料を得るのではなくて、自分が頑張ったことが成果につながること、成果に繋がった時の喜びがいかに大きいかということ。しんどい時、どうモチベーションを維持し前に進んでいくかということ…。いろんな角度から伝えることで、成長していくメンバーたち。かれらの進化していく姿を見ることがとても好きでした。

松:
ご自身と同じように承認欲求を満たされ、幸せになれる人を増やすために、「育成」という領域に辿り着いた…。うん、なるほど。。

藤:
そうなんです。実は銀行は寿退職して、一度は憧れだった専業主婦にもなってみたんですけど、やっぱりすごく退屈で…(笑。世界から隔離されているようになったんです。家の中にいると気がくるいそうになって、専業主婦2ヶ月で仕事復帰した。復帰してみてやっぱり、あぁ仕事が好きだな!と感じましたね。

松:
育成する星のもとに生まれてらっしゃるんですね!

TVの報道で初めて知った、
親に恵まれない子どもたちの現実

松:
育成をモチベーションに、一般企業で活躍されていた藤原さんが、その目線を児童養護施設退所後の子どもたちに向けたのは、なにがキッカケだったんですか?

藤:キッカケは妊娠中の出来事でした。

育成が楽しくてずっと仕事漬けだった私も、結婚して11年目にふと授かるわけですね、子どもを。授かった時は、仕事に穴が空くし、キャリアにも穴が空くし「これはえらいこっちゃ!」と思った。嬉しい、というより渋々病院に行ったのです。

それから初めて行った産婦人科で、お腹にエコーをあてられて初めて娘の姿をみたんです。ほんとに「魚の稚魚かな?」ぐらいの、まだ1センチないですよーと先生がおっしゃりながら見せてくれたエコー写真。その映像を見た時、半分ぐらいが心臓で。でもすっごい一生懸命心臓を動かしてたわけですよ。私に「生きてるよ!」って力強いメッセージというか、「命」を突きつけられた気がした。

地球が誕生して、「命」っていうものが生まれて数億年、飢餓や災害、戦争などいろいろある中、脈々と命が繋がれてきたわけですよね。災害や戦争やいろんなものを超えて、ずーぅっと命が繋いで、繋いで、繋いで、繋いで、私のところまで繋いできたんだっていう感覚が、その瞬間にワッとおりてきて。その時まで命って自分のものだと思ってたんですけど違うなと。子どもも自分のものだと思ってたけど、そうじゃなくて「命」は過去からずーぅっと脈々と紡がれていって、この先何もなければ繋がっていくもので、自分はその過程の1つにすぎないんだと。

松:なるほど。命は自分のものじゃない、って深いですね。

藤:はい。そのエコー写真を見たとき、号泣したんですね。我が子であって、我が子じゃなく、みんなの子なんだなって

それを境にちょっと意識が変わりました。「命」は私のモノじゃなかったけど、私がこの子をどのように育てるか、この子がどういう大人になるかによって、この子の人生にも社会にも、どんな大きな影響を与えられるかが変わってくるはず。過去から未来、いろんな人たちの代表で、私はこの子を育てさせてもらうんだから、と私も頑張らなきゃなあと。

松:エコー写真から大きな気づきをもらいましたね。

藤:はい、私にとって本当に大きな気づきでした。でも親に恵まれない子どもたちを支えていきたい、そんな思いが沸き上がってきたのは、もう少し後の話で

松:なるほど。実際にはいつくらいからですか?。

藤:産休に入ったくらいから、でしょうか。エコー写真をみて号泣したあの日から、十月十日を経て出産して、普通に育児がはじまるわけなんですけど、それまでずっと仕事ばかりしていたので、産休・育休で初めて昼間、家で過ごすっていう時間が出来たんです。家にいるとテレビつけてるじゃないですか。そうすると毎日のようにね、虐待で死んでいく子とか保護される子の報道がながれる。その多さにすごくびっくりしたんですよね。親戚のおばちゃんに「子ども産め。少子化なんだから、あんたが子ども産まないと、これからの日本はどうなるの」ってずぅっと言われ続けてきてた私は、てっきり子どもってみんな大事に育てられてるものだと思ってたんです、勝手にね。だけど、テレビから流れてくるのは全く違う現実。どれだけ虐待のニュースがあるんだ?!と。さらに驚いたのは、虐待ニュースの続報で取り上げられるのは、だいたい虐待した親の話。こんなにひどい人だった、と。「いやいや、子どもはどうなったん?助かったん?重体だったのに」と。「助かったら助かったで、この両親逮捕されてるのに、その子どうなるの?これからどうして暮らしていくの?」って。

私の中で子どもを授かったとき、子どもは自分のものじゃないんだ、親はたまたま“代表”で育てさせてもらってるんだ、という考えになったから余計に、代表がいなくなった子って、これからどうなっていくんだろう?」っていう疑問が湧いてきたんですね。

松:なるほど。

藤:育てる代表が子どもたちから離されて、もしくは離れていって、どこか遠くに行ってるのなら、子どもはみんなの子どもなんだからその子たちってみんなでどうにかしてあげないとダメなんじゃない?と。

昔、自信を持てなかった私もいろんな方々に、自信や気づきを与えてもらって、いまがあります。だからこそ産前、やりがいをもって育成に携わってきた。そうか、次に私が育成すべきは、こんな子どもたちかもしれないと、自分の中で次のベクトルが見えかけた矢先、父が倒れて。会社を継ぐことになったんです。

子どもたちのことをった、
あの瞬から活がはじまった

松:お父様のご病気は突然だったんですね…。

藤:家族ともいろいろ相談しました。私も本当は自分のやりたいことがあって。だけど父の会社を継ぐって決めたんです。でも自分の夢を手放してまで会社を継ぐって決めたんだから、絶対この会社を100年続く会社にしてやろうって思った。

だけど100年続く会社って、どんな会社なんだろうなあって、どうやったら100年続く会社になるんだろうなあって。そこからいろんなとこ行って勉強しだしたんですね。

結果、自社のことだけ考えててもダメなんだなと。社会貢献活動をしながら本業も回るような、そういう事業をしていかなければいけないんじゃないかなあと。そんな中、知り合ったある方に変わった名刺をつくっていただく機会があって。

松:どんな名刺です?

藤:「バリューアップ 名刺」っていう面白い名刺でね。取材した内容を元に、自分のプロフィールを名刺に綴ってくれるんです。ただの学歴とか経歴じゃなくて。事業を立ち上げた背景だったり、その人が大切にしていることだったり、いろんな話しをきいた上でプロフィール文を書いてくれる。私もいろんな話をしました、もちろん親に恵まれない子どもたちの話しも。

児童養護施設にいる子どもたちがいかにして孤独に苛まれていくのか。彼らが18歳になった途端、ポーンと社会に放り出されて、その後どうなっていくのか。日本にそういった子どもが、なんと4.5万人近くいることとか。

「日本の子どもたちがこんな状態になってるのはおかしいって思う、変えたいよね」なんて話をして。すると後日、出来あがってきたブランド名刺のプロフィール文には「児童養護施設を出た後の子どもたちをサポート」という一文があったんです。

「いやサポート活動なんてしてないし、ただ喋っただけじゃないですか」と名刺を作ってくださった社長に言ったら「いや、人に話した段階で始まってるんだよ」と。

そこでポンと背中を押された気がして。merry me’ズの活動は、ここから第一歩を踏み出したんです。それ以来いろんな人、いろんなところで話して、仲間を募って、いまに至ります。

松:それは何年くらい前のことですか?

藤:6年前くらいかな。一番大きなキッカケだったのは「ドリームプラン・プレゼンテーション」(http://drepla.com/)に出たことですね。大阪大会にも出たのですが、東京で行なわれた世界大会は福島正伸先生という、有名なコンサルの先生がやっている大会だったので、いろんなプログラムが組み込まれてて。そこできっちり事業計画作って具体化していったんですね、いまのmerry me’ズのカタチを。コンサルの人たちの手を借りながら具体化していくうちに、いろんな人が手伝ってくれて、仲間になってくれて。福祉も知らないし、ボランティアも興味なかった私が、集まってくれた仲間たちとまず、「施設を出た子ってどこにいるの?」から始めたんです。みんな経営者だったり本業があるので、毎月1回仕事が始まる前の朝7時からMTGも重ねて「なにを、どうやっていこう?」って、ところの話し合い。まさにゼロから活動の設計をしていったんです。

予のない子どもたちに、
経験値」を与えてあげたい

松:コツコツと活動をはじめて、いまでは就労支援や職業体験など実践的な支援活動を行なわれていますね。支援してくださる企業様を「里親企業」というネーミングも印象的です。いままで里親がいなかった子どもたちに個人ではなく、企業が親代わりになって見守ってあげる、この発想にたどり着いたのは活動開始から何年後くらいですか?比較的すぐのことです?

藤:すぐですね。施設を出た後、10人に1人がホームレスになってたりとか、施設をでて就職しても3ヶ月後には3割以上の子が退職していく状況をどうにか打開できないかな、とは最初から思ってたんですね。そのためにはいわゆる一般家庭で育った子どもたちと、施設で育った子どもたちの「経験値」の差を埋めていく必要があるなと。

松:経験値?

藤:はい。こちらが想像している以上に、家庭で学ぶことって大きいんです。家庭で学んだ経験がある子どもと、施設で学んだ経験、そこには大きな隔たりがあって。その経験値の違いを埋める研修だったり、セミナーだったり、自己肯定感をあげるワークだったりをmerry me’ズでは行なっています。いろんな働きかけをやっていかないと、経験値の違いが埋まらないまま、ポンと社会に出てマイノリティーになる。もちろんサポートしてくれる親的な人もいない中で、たった一人で大海原に行くわけで。守ってくれる親もいなければ、むしろ逆に親に足を引っ張られる子もいる。指針となる親や大人がいない子にとって、私たちが経験値を少しでも埋めてあげられたら、ひとりきりで頑張るより、もう少しは生きやすくなるんじゃないかなっていう。

松:企業と子どもを繋ぐ、ということですね。つい家庭での経験値が少ないなら、個人で親代わりになれる個人を探してメンタルケアをしてあげては?という発想もありなんでしょうけど、もう施設を出て、社会に放り出された彼らにそんな猶予はないですもんね。

藤:そうなんです。一刻も早く彼らを育成して、社会へ、企業へ送り出してあげたい。でも企業だけが背負わなければならないのも負担が大きい。なので企業だけでなくmerry me’ズが一緒に職業訓練をしながら、子どもたちの経験値を埋めてあげるケアが必要なんです。

インタン受け入れを重ねて
得たかな手


松:経験値を与えながらの、職業訓練。言うのはカンタンですが、実際にはとても難しそうですね…。

藤:なんせ、福祉にもボランティアにもまったく知識がないところから始めたので、いろいろ…、本当にいろいろ学びながら試行錯誤の日々が続きました。徐々に学びを深めて、merry me’ズの立ち上げ準備と同時に、私の経営する会社で大学生の長期インターンを採ったんです。

松:merry me’ズとして迎えたのではなく?

藤:はい、私の経営する会社・ダイヤ事務機株式会社のインターンとしてです。20歳前後の子たちにとって私たちが考えるワークだったり、社会人としての基礎づくりのプログラムが実際有効なのかどうか、自己肯定感が増してくるのか、子どもたちそれぞれの課題解決に繋がるのか、実際社会に出てそれが活きていくのかどうか…。merry me’ズとして子どもたちを迎える前に、まずは私の範疇で若者と向き合ってみたんです。merry me’ズの活動が大人たちのエゴになってはいけないので。慎重に検証を重ねながらすすめました。

松:実際どうでした? 結果は出ました?

藤:はい、でました。「社会での自立」がmerry me’ズのテーマなんですが、約6カ月間でOJT・OFF-JTのなかで、自己承認が出来るようになり、自信をつけたり、自立の兆しは明らかに見えてきました。

その後、特に児童養護施設で育った子に限らず、計11人を順番に受け入れたんですが、たまたま育った家庭に問題を抱えている子が多くて。merry me’ズの活動にとてもいかせる経験ができたんです。いまでは全員就職して、最後の子を社会に送り出していま2年目になるのですが、みんな社会に出て頑張ってくれてるんです。1年目から営業ですごい成績挙げてる子も多いし。東京で活躍している子もいる。東京の子とはたまに出張で会ったりするんですけど「藤原さん以上に厳しい人に、まだ社会に出て会ったことがありません」とか言われたり(笑)。「そりゃよかったなあ!」って笑いあってます。大阪にいる子たちとは定期的に食事に行ったり相談にのったり、ある意味母親代わりです。

そんな風に頑張っていけている彼らの姿を見たことは、merry me’ズの活動をする上でとても自信に繋がりました。いまでもmerry me’ズが子どもたちを支援する時のプログラムは、この頃に行なったインターンプログラムがベースになっています。

本当は最初にOJT、OFF-JTを織り交ぜていかないと、なかなか身につかないので、最初はmerry me’ズもレストランをつくってそこで働きながらOJT、OFF-JTを繰り返しをやろうかな、って思ってたんですけど。ただ、資金がすごくいるんで断念しました(苦笑)

松:別の事業を立ち上げることになりますもんね。飲食業界も勉強しないといけない

藤:そうなんですよ。それはそれでまた違う労力、負荷がかなりかかるので。

「育成」は、私の人生における
大切なキーワードであり、ミッション

松:merry me’ズの活動において、藤原さんが一番嬉しい時ってどんな瞬間ですか?

藤:子どもたちが変わる瞬間ですね。例えばインターン。6ヶ月間かけて一緒に仕事をしながらやっていくんですけど。どの子もまあ、いろいろもう浮き沈みがあって(苦笑)

話しあったり、結局最後にね、いろんなことがある中で、パーン!と抜け出すときがあるんですよね。そうすると顔つきとかが変わって、一本、自分の軸ができるんです。もうね、本当にそれを見ると全部ツラいことも、イヤなことも忘れるんですよ(笑)

松:育成する者の醍醐味ですよね。でもいわゆる一般の家庭で育った子と、そうじゃない子で、その軸できるまでって差があります?時間がかかるとか。それとも接触回数が多く必要とか。

藤:そうですね。時間も回数も必要ですけど、そもそも根底に「愛情」がないとだめなんですね。愛情がないと育成ってできない。それは別に一般家庭の子であろうが、施設の子であろうが一緒なんですけど特に施設を出た子どもたちにとっては重要で。実はいまメリーミーズが抱える大きな課題がそこなんです。キャパが少ないので、まだまだ時間的も接触回数も十分にとってあげられない。だから里親企業をもっともっと増やしたいんです。

松:里親企業という仲間が増えたら、
藤原さんご自身はどんな役割を担っていきたいですか?

藤:ちょっとmerry me’ズとは話がそれるんですけど、私の本業は事務機の販売店なんですね。メイン商材がお店で使うレジです。レジ使うならどこでも顧客になりえるんですけど、営業で行くとこでいえば飲食店様が多いんです。そんな当社が今、新しい会社を立ち上げて着手しようとしている事業が飲食店のサポート。元々、父の代は卸が主だったんですけど、私に代替わりしてからは直販に注力していて、その直販先に飲食店様が多いんですね。その中には繁盛してるお店がたくさんいらっしゃって。でも次の出店計画は?と訪ねると大体の店舗様が人材不足を理由に断念している、とおっしゃるんです。「人が育たないからなあ」「次の店も出したいけど、人いないし出せないなあ」と。

松:めちゃわかります。うちも昔、飲食店やってましたので(笑

藤:人がいないから、人が育たないから出店できないと。「増やしたところで管理ができない」「3店舗までやったけど、これ以上自分でやるのがもうしんんどい」とか。そんな中で「藤原さんとこで、マニュアルとか作らないの?」とか聞かれるようになって。実は業界的に珍しいんですよね、女性の営業って。

松:創業はお父様、つまり男性でしたもんね。

藤:そうですね。いまでも「男性が営業に来ると思ってました」ってよく言われる。だからでしょうね、レジ機器の使い方だけじゃなくて、女性ならではの気遣いの行き届いたサービス、接客も教えられないの?と

松:なるほど。マニュアル作って人育てたら、飲食店さんもまた出店して、新たにレジも買ってもらえますしね!

藤:たまたまうちにいるスタッフも、大手飲食チェーンでエリアマネージャーを務めた経歴があり、マニュアルも作れるし、接客のサービスの研修とかもできるし、と。つまり育成。そう考えると会社でも、merry me’ズでも、私が担うべきはやっぱり「育成」なんだなと確信しています。ビジネスでも支援活動でも、私のミッションは一緒なんですよね。

松:なるほど…。

藤:親として子どもを育てるか、企業としてスタッフを育てるか、だけの私は違いだと思っていて。merry me’ズは、親としての育成と企業としての育成をミックスしてやってるイメージなんです。

松:本業とmerry me’ズ、なんだかどっちが欠けても藤原さんじゃなくなりそうというか、バランスが取れなくなりそうですね。本業だけに軸があった藤原さんが、いまはmerry me’ズという大きな別の柱を担っていて。こちらで学び得たことが次はあちらに反映出来たり…。逆もしかりですよね。

藤:そうなんです。突拍子もない球を投げているつもりは、ずっとなくて。merry me’ズも会社もずっとやってること一緒なんですよね。

が、倒的に足りない

松:これから藤原さんが目指す「育成」の道で、いま足りないものをあげるとしたらなんです?

藤:merry me’ズを今日まで活動を進めてきて、仲間集めも集まってくれて、本当にいろんなものが変化してきた。だけど、いろんなものが今、手詰まりになってきてるんですね(苦笑)。やりたいことが多すぎて。

次のステージに行くには、企業としての仲間が必要なのかなと。

松:里親企業、ですね?

藤:金銭的支援や従業員としての受け入れだけじゃなくて、活動自体も一緒にしてくれる企業を求めています。本当はmerry me’ズって最初、ひとりでやろうと思ってたんですね。でも実際に子どもたちの現状を知っていくと、「あ、これ一人では無理だな」と。本当のいろんなパターンの子がいて、この数を私ひとりでなんて、到底ケアしきれない。いろんなキャラのメンバーがいないと無理なんです。「この子はA社の企業風土・スタイルは合わないけど、B社のスタイルだったら合う」というケースは多々。子どもたちと向き合うために、平たく言うとキャラの濃いメンバーが、組織が、たくさんたくさん必要なんですよ。

松:なるほど。企業の個性や考え方はいろいろあっていいってことなんですね。じゃあ、たくさんの企業に「仲間になって」と発信していかねばですね。

藤:結局、子どもたちが入社3カ月でドロップアウトしてしまうのも、1つの企業にすべて押し付けてしまうからなんですね。その子のメンタルから私生活から、何もかもその企業さんが引き受けてしまわないといけない状態だと、企業にとっては大きな負担。その子ももちろん、企業の事情なんて受け入れる余裕ない子たちばかりですし。

だから、企業へ人材として送り出す前に育成し直す場、っていうところを設けたい。企業へ就職した後も、定期的にちゃんとフォローを出来る場が必要なんです、その子にも企業にも。そうしないと定着っていうのはなかなか難しいし、一企業だけに子どもたちを押し付けるのは、企業にもなにより子どもたちにもハードなんじゃないかなあって。自分が会社経営しているからこそ思うんですよね。

松:経営者って、いろいろ守らないといけないものってありますもんね。企業にとっても無理がないっていう状況は大事ですよね、

藤:そうじゃないと続かないんですよね。最終的にはね、「児童養護施設を出た子どもたち」っていうくくりも外して、同世代の若者をみんなケア出来る組織にしたい。施設で育った、というひとくくりの枠だけを育成するのではなくて、企業の人材を育成するところまで見据えていきたい。

育成して、企業に繋いで、継続してフォローしていく中で、「merry me’ズから来たこの子はいいんだけど、一般で来たこの子ちょっと大変だからmerry me’ズさん研修してよ」って言ってくれる組織にしたい。そしたら事業化できる、つまり次の子どもたちを育てる事業の活動資金に出来る。これが私たちの最初からの計画なんです。

松:なるほど、寄付で子どもたちの自立を助けるのではなくて、組織も自立する、っていうことですね。

藤:はい。収益事業をちゃんとつくって回せていけたらなと。育成っていう一番大変なところを、merry me’ズと言うNPO法人でどうにかできないかと。

松:キーワードは「育成」ですね。

藤:はい。「自立」してもらうための育成。私たち全体の目的です。

ーーー

集後

今回、印象に残ったのは、藤原さんがインタビューの最初に語ってくれた「命は自分のものじゃない」っていう言葉。「いろんなものを超えて、ずーぅっと繋いで、繋いで、繋いで、繋いで、私のところまで繋いできたもらった命。私は次に命を繋ぐ、その流れの一部でしかない」と。家で愛娘を育てるのも、会社で従業員を育てるのも、merry me’ズで施設をでた子どもたちを育てるのも、全ては命を繋ぐため。繋ぐために稼ぎ、育成する。そこには支援とか、支援じゃないとかいう境界はなくて、ただ命を繋ぐため。藤原さんがおっしゃる通り「突拍子もない球を投げているつもりはない」んです。だって、藤原さんにとってきっと育成はライフワークだから。

イノベーションドーナツメンバーからの紹介で藤原さんと出逢い、藤原さんのメッセージ・発信をお手伝いをするカタチで、私が初めて踏み出せた「支援」の第一歩。それは、藤原さんのおかげで「命を繋ぐ」という、とても価値のある一歩となれました。藤原さん、ありがとうございました。

 

プロフィル|藤原美奈

POS やレジスターなどの事務機器販売を手がける、ダイヤ事務機株式会社 代表取締役。平成26 年には特定非営利活動法人merry me’ズ設立。代表理事に就任し、児童養護施設で育った子どもたちの活動支援を精力的に取り組む。現在「民都・大阪」フィランソロピー会議内にて、共創「大阪のこども」分科会メンバーとしても参加。
趣味はロードバイク、フラワーデザイン、中国茶、料理と多彩。現在10歳女児の母。